予言の神が、アテナに告げた。

「その娘が、世界を握る」

そのお告げを受け。
ミロに指令が下されたのだ。

その、世界を握る運命の娘を、盗み出すようにと。




◇Target-標的-◇




一人で大丈夫か、とはアテナは聞かなかった。
ミロは黄金聖闘士。この聖域が、アテナが誇る。
ただ、ミロに極秘の命令が下っただけ。

その命令が下ったことを知っているのは、聖域を本拠地とするサガ・カノン・アイオロス、そして童虎とシオンのみ。

黄金のうちでも年若い者達には、全く知らされなったのに。

何故ミロが、その任務に選ばれたのか。
そのとき、ミロは知るよしもなかった。









「・・・ここか」
日本の、大分暖かくなった五月の夜に。

ミロは一枚のメモを見て、窓を見上げた。

標的が住むのは、高いマンションだった。
それも、10階。

普通は、まず外からの侵入など不可能。
中に入るためには、完璧ともいえる最新のセキュリティを突破する必要があった。


ミロは、ちらりとエントランスホールを確認しただけで、もう一度表から上を見上げた。

その10階。

 
そこに、目指す相手がいるのだ。


「・・・世界を握る娘・・・か」

まさかアテナのことだから、殺すだの、そんなことにはならないと思うが。

ミロはそう呟き。
それからその場を少し離れた。


上るのは深夜。
人の目がなくなってから。



勿論、内部を移動するなんてことは端から考えにはない。



黒尽くめの格好で、夜陰に乗じて外壁を登るのだ。



そして、首尾よく標的を・・・を奪って、そのまま聖域に戻る。

外壁を登ることなど、造作もないこと。
全く手がかり足がかりのない、つるりとした崖であろうと、簡単に登れるのだ。

こんなマンションであれば、ものの数秒で屋上まででも行けるだろう。



それも、並外れた筋力と握力の賜物。




「そろそろいいか・・・」

ミロは、マンションの見える場所でゆっくり飲んでいた缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れ、立ち上がる。


綺麗な円を描いてゴミ箱に吸い込まれていく缶を見送り、それからミロは迅速に行動を開始した。

もともと行動は迅速な方だ。
 
今だと思ったら、一気に攻める。
それが自分の身上。

ひっそりと人の気配がない町を走り、そしてすぐに先ほど偵察したマンションの前に立つ。

幸いなことに、あたりに人の気配はない。
マンションには、まだいくつか光がついている部屋がある。

それはそうだろう。
まだ日付が変わったばかり。

これからが夜の始まりなのだから。
その感覚は、ギリシャで生まれ育ったミロにはよく分かった。
むしろ夜に早く寝てしまうことこそ勿体ない気がした。

ちらりと見上げると、視線の先で、ミロが10階の一部屋から明かりが消えた。


どうやら眠るらしい。
 
ミロは少し口元に笑みを刷くと、それからさりげなくもう一度マンションの上に視線を投げる。
いま電気が消えたその部屋の周囲には、既に光はない。



ミロは外壁に手を掛けた。
外装は、しゃれた感じで。
レンガ作りを模していた。

そのわずかな凹凸に指を掛け、ミロはその身体を宙に浮かせる。


ひょいひょいと、身軽に壁を登っていくミロの姿を、もし目にしたものが居たら、そのあまりの見事な動きに声を上げることも出来なかっただろう。
大柄な、がっしりとした身体が、軽々と壁を伝って瞬く間に上へと移動しているのだ。
その身のこなしは、見るものを感嘆させるに違いない、洗練された無駄のない動きだった。


だが、実際には、ミロは完全に周囲に注意を配っており、誰もそのミロの姿を目にしたものはいなかった。

数秒で目当ての窓の外にたどり着いたミロは、そっと窓枠に手を掛ける。


風がびゅう、とミロの耳元で鳴った。



勿論、窓には鍵が掛かっている。


ぴしり、キン、と小さな音が立て続けに響く。

最初の音は、ガラス窓に小さな穴が開いた音。
そして次の音は、鍵が外れた音。


外から中に向かって、ガラスの一点に、ぱっと見て分からないような、小さな穴が開いていた。ごくごく、小さな穴。注意深く探さなければ分からないような。

ミロが放った力である。
それが、ガラス窓に穴を開け。
そしてなお勢いを殺さず、鍵を弾き開けたのである。


ベッドの中では、がふと目を開けた。

今の音はなんだろう。



そう思って。
しかし、夢にも窓ガラスが割れたなどとは思わない。


そんな大きな音ではなかった。

ガタン。

ベッドから身体を起こすこともしなかった沙良だったが、今度聞こえた音に、びくりと身体を震わせた。



窓を開ける音。

身体をベッドから起こし、窓を見る。
生憎窓の外は暗い。


息を詰めたその一瞬に、カーテンがめくれ。

そして誰かが入ってきた、と思った瞬間には、の口は誰かの手によってふさがれていた。



不審人物に口をふさがれ。
そしてようやくは事態を悟って暴れだす。

だが、そのを押さえ込むことなど、ミロにはたやすい。

「悪い、乱暴なことはしないから、少し大人しくしていてくれ」

そう、耳元で囁かれ。
囁かれた言葉の穏やかさに、が一瞬動きを止めると、ミロはそのの身体をひょいと抱き上げた。


「な・・・ちょっと・・・」


思わず声を上げただったが、ミロはそのまま窓の外に身を投げ出した。
勿論、を腕に抱えたままで。



息を大きく呑んだは固く目を瞑る。


しかし、ミロの腕が、の身体を投げだすはずもない。
しっかりと抱きしめたまま、ミロは難なく地上に着地するとそのまま走り出す。




知らず、窓から飛び降りる感覚への恐れから、ミロに抱きついてしまっていたは、はっと我に返り、そして思い出したようにミロの手から逃れようと暴れた。


「離して!」

「大人しくしていろ」


「何言ってんのよ!この誘拐犯!うちにはお金なんてないわよ!」


の言葉に、ミロは答えなかった。




「・・・あまり騒がれるのは困る。・・・困るのはお互い様だと思うのだが」
「私は困らないもの!離して!」
「自分の格好を知っているか、パジャマだぞ」


それはあなたが私を攫ったからでしょう!



そう言ってやろうとそのとき初めてミロの顔を見たは、その端整な横顔に言葉を飲み込んだ。


「・・・諦めたのだな?」
「諦めるわけないでしょ、誘拐犯」

静かになったをちらりと見たミロに、は言い返した。



「離して」
「離すくらいなら最初からさらったりしない」


それもそうだ。
一瞬納得しかけ、はミロを睨んだ。

人の気配のない道を選んで、素晴らしい速度で走り続けながら、ミロはを見る。

「スピードを上げるぞ。・・・舌をかむから黙っていろ」


そんな勝手な!


そう抗議しかけたの言葉は、急激に早くなるミロの速度のために、飲み込まざるを得なかった。



不本意ながら、軽々と自分を抱き上げてかなりの距離を走破するミロを、はまじまじと見つめた。


「・・・オレの顔がどうかしたか?」

ちらり、とを見下ろし、ミロが尋ねた。


「別に」
「・・・ならいいが」



少し立ち止まったあと、ミロは高い塀を飛び越える。



「ちょっと・・・ここ、誰かの敷地内なんじゃ・・・」

「ここが目的地だからな」


ミロの言葉に、が言葉を詰まらせた。 
この先に何があるのか、まったく想像もつかなかった。









ここまでがMIZU様が書かれた前提となる話です。
この続きを読者様に考えてもらう、とい事で思わず続きを書いてしまいました。

誰でも参加出来ますので、もしこの前提話を読んで、続きを書いてみたいと思った方がいましたら、創作の為に管理人(他人)の書いた続きは読まないほうがいいかも・・・です。

管理人の妄想はこちらに続きます。