ライトな二人ー26ー












視察もそろそろ終わりという時。

「あ。」

と沙織が小さく声を挙げた。

私とシュラは沙織の方に振り向いた。

「どうされました。」

何かあったのかと、シュラが声を低くして聞く。

「いえ、実は、忘れ物をしました。」

沙織が少し困った様に言った。

それを聞いた私は。

「何処にです。」

ホテルに?でも今日必要な物は私が持って来てるし。何処か置き忘れるような場所に寄ったかしら?

「一番最初に通された部屋に、緑のファイルを。」

「ああ、そういえば。」

今の沙織と私、どちらもそのファイルを持っていない事に気付いた。

今日は視察が終了したら、部屋に通されお茶を一杯、なんて事はせずそのまま施設を後にするため取って来るなら今の方が良い。

「私が取って来ます。視察も後僅かですし、総帥はこのまま続けて下さい。」

さん、すみません。」

沙織に小さく手を振ると私は沙織たちと離れた。

小走りで、来た時に通された部屋、「第二会議室」に着いた。

少し乱れた呼吸を整え、もしかしたら中に他の誰かがいるかもしれないと思って、控えめにノックをしてドアを開けようとした。

「あれ?」

ドアが開かない。

何度もドアノブを回しても開かない。

「うそ・・・・・鍵閉まってる。」

はぁ、と溜め息が漏れる。

「鍵ね、鍵。」

鍵を置いてある場所は何処だろうと考えながら、また小走りで来た廊下を戻って行った。






視察が終わり沙織とシュラは、ミロとカミュと合流した。

それぞれ何も問題は無かった事を報告する。

ミロがが居ない事に気が付いた。

はどうしました。」

「私が忘れたものを取りに行っていて、まだ中にいるのです。」

「まだ中にですか?」

ミロが少し驚いた。

ずいぶん太陽が西に傾き、空をオレンジ色に染めている。

辺りは次第に茜色から夕闇に変化してきており、暗くなるのも時間の問題になってきた。

「アテナ、私が様子を見て来ます。」

心配そうに建物の方を見ている沙織に、シュラが申し出た。

すると。

「いや、俺が行こう。」

「何っ。」

少し驚いているシュラを横切り、体を建物の方に向けた。

「ミロ、さんは第二会議室です。」

沙織の声に、ミロは一度振り向き小さく微笑んだまま頭を下げると、再び体を建物へと進めて行く。

ミロの後姿を沙織は満足そうに見送っていた。

どこか喜んでいる様子の沙織を見ていたカミュは、沙織に控えめに聞いてみる事にした。

「アテナ、・・・もしやあなたは。」

「何です、カミュ。」

振り返った沙織の笑顔を見て、カミュは沈黙した。

何かを期待するような、楽しさを含んだ笑顔。

・・・お見通しか。

「いえ、何でもありません。」


シュラは。

「何なんだ。ミロの奴。」

ミロとが戻って来るのを三人はじっと待っていた。




(第二会議室は確か三階だったか。)

の小宇宙を探ると、いた。

ミロの頭の中にはこの建物の見取り図が展開し、目的の場所との小宇宙を感じる方向が一致した。


を心配するアテナを思ってのシュラを遮って来たが。


(悪いな、シュラ。例えおまえといえど、他の男とを二人っきりにしたくなかったのでな。)


自分の仕事を取られて憮然とするシュラを想像できて、ミロに笑みが零れた。






「もう視察は終ったよね。」

鍵のある場所が分からなくて人に聞こうにも、人に会わないし時間が掛かってしまった。

第二会議室のドアを開けて外に出ようとした時。

瞬間、自分の体が硬直するのが分かった。


(ミロ!!)


とっさにドアを閉めて部屋の中に隠れてしまった。


(か、体が勝手に動いちゃった・・・。)

(ミロもこっちを見てたし、私に気付いたよね。私のバカ〜〜〜っ。)






・・・今のは一体。

(俺を見て隠れたように見えたが。)

第二会議室に続く廊下を曲がった所で、丁度中からが出てきたのが見えたと思ったら、はすぐに中に戻ってしまった。

一度中に戻る事でもあったのだろうか。

いや、違う。

明らかには俺を見た。

では、どうして隠れた。

まるで俺を避けているかのような様子。

ギリシャでもには似たような態度を取られていた事があったが、あの時はにはまだ特別な感情は抱いていなかったからそれほど気にしてはいなかったが、今はあの時とは違う。

好意をよせている相手に避けられていると分かっては心中穏やかではいられない。

ミロは足早に近づいていった。



(絶対変に思ってるよね!出て行きたいけどタイミングが〜!)

変な緊張のせいで、がドアにへばり付いたまま動けないでいると、突然ドアが開かれた。

「!!きゃっ!」

廊下側に開くドアのため、勢いよく開かれたドアとも一緒に廊下に身を乗り出す形になった。

そのままバランスを崩しそうになったがすぐにミロがを受け止めてくれた。


「・・・・。」

「驚いた。」

「・・ありがとう。」


自分で立とうとすると、背に回されていた腕を緩めてくれた。

顔が赤いのが自分でも分かるから顔を合わせられなくて、俯いたままもう一度お礼を言う。

「ありがとう。」

「・・・・。」

ミロは黙ったままを見ていた。

に、なぜ隠れたのか聞こうと思っていたが、顔を下に向けていても頬や耳が赤く染まっているのが分かる。

今のを見て、自分が嫌われているとは考えにくい。

好きな相手ならなおさら勘ぐってしまう。

も俺と同じ気持ち。)

俺はそんなに鈍い方ではないと思うが、この場合、少しは自意識過剰になっても良いだろう。


ミロがふっと笑うのが、には分かった。

いきなりミロに背中を押された。

「アテナが待ってる。忘れ物は取ってきたのだろう。」

ミロの明るい言葉に引かれるように顔を上げると、ミロと視線がぶつかる。

てっきりミロに聞かれると思っていたため驚いた。

しかし、ミロは笑っていた。

その笑顔はの緊張をたちまち溶かしていく。

「うん。忘れ物を取りに来ただけなのに遅くなっちゃった。」

ミロの笑顔を見たら、自然と自分も笑えたから不思議。

「だから俺が来たんだろう。ほら、行くぞ。」

「ちょっと、自分で歩けるから押さないでよ。もう。」

ミロとの間に小さな笑いが起こった。







「戻ってきましたね。」

シュラがを確認した。

「遅くなりました〜〜〜。」

が元気よく走ってきて、その後ろからミロが現れた。

さん、ちょっと時間掛かりましたけど何かありましたか。」

「ん〜、取りに行ったら部屋に鍵が掛かっていて、それを探すのに手間取っちゃってね。ファイルはすぐに見つかったわよ。」

はい、とファイルを沙織に渡す。

「そうでしたか。でも、もうすぐ暗くなるので心配したんですよ。ミロに迎えに行って頂いて正解でした?」

「え?・・・うん、まあ・・・正解だったかな。」

はは、と乾いた笑いが出る。

(・・・何で疑問系で聞くかな。)







(初めて会ったのは二週間程前だというのに。)

それでも、俺は君に惹かれて、君も俺を・・・。

こんな俺を好きになってくれた。

この世界の常識とはかけ離れた世界に居ると知りながら、俺を好きになってくれた、君を愛しく思う。

(ありがとう。)

車の中、横に座っているに向かって感謝と愛しさを込めて送る言葉。





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