満たされた言葉 出勤途中、突然声を掛けられた。 「落としましたよ。」 「えっ。あ、有難うございます。」 私は振り向きざま、礼を言う。 瞬間、目を見張った。 違和感の無い日本語だったため、まさか外国人とは思わなかった。何より私が驚いたのは、その容姿だ。 思わずその人に魅入ってしまったが、すぐに失礼だと気付き、 「すみません。外国の方って見慣れていないもので。」 仕事柄、今の言い訳は嘘になるが、格好よくて見惚れてました、と正直に言った所で恥ずかしいだけだ。 あら? なんだか相手の人も私の事を凝視しているような気がするけど。 「あの、・・・」 「あ、失礼。でわこれを。」 拾ってくれたキーホルダーを受け取ると再度お礼を言ってその場を後にした。 「ミロ」 「アイオリア、こっちだ」 「さあ行くか。アテナがお待ちだ。でもどうして此処にいるんだ。店の前で待っていたのではないか?」 「すまん。落とし物を持ち主に渡そうと追いかけていたのだ。」 「そうか、光速移動などで追いかけたら驚きどころではないからな。」 「まあな。」 そう言うミロは顔を少し引き締めた。 「どうした?」 「その持ち主は女性だったのだが、不思議な事にその女性から、僅かだがアテナの小宇宙を感じたのだ。」 「なにっ! それは本当か!」 「間違いない。」 とりあえず二人はアテナのもとに向かう事に。 さっきの人格好良かったな。 思い出すたび、頬が緩むのが止められず、仲の良い受付嬢が怪訝な顔をしている。 いけないいけない。もう会社の中なんだから、しゃきっとしなくちゃ! 自分の仕事場である秘書課室にはいると既に何人かは出勤していた。 「さん。嬉しそうね。良い事でもあったっていう顔してるわよ。」 秘書課をまとめる秘書課長に指摘され、あっという間に頬が緩む。 「ばれちゃいましたっ、課長。実は良い事があったんですよ! おかげで一日頑張れそうです。」 「それは良いことね。でも、今日はギリシャから総帥に来客がいらっしゃるのだから、その緩んだ顔はしまいなさいね。」 笑顔でピシャリと言われ、頬を元に戻す。 「勿論です! 総帥に挨拶して来ます。」 そうだ。今日はギリシャから来客が来る日だ。 でも"来客"というのは表向きの話で、実は来週に入っている沙織の出張の護衛として同行する黄金聖闘士が、沙織がギリシャに赴けない為、打ち合わせに来たのだ。 その事実を知っているのはグラード財団内では今の所、私だけ。 黄金聖闘士。 話だけでまだ会った事がないけど、どういう人達なんだろう。 頼りになる兄貴みたいだって、星矢は言ってたっけ。 秘書課室からそれほど離れていない会長室に着くと、控えめにノックをする。 さあ、ここからは仕事モード。普段はお互いの家を行き来する仲とはいえ、仕事とプライベートははっきりさせないと。 「総帥。です。入ります。」 「どうぞ。」 静かにドアを開けると、軽く一礼をして中に入る。 「お早うございます。今日もよろしくお願いします。」 「お早うございます、さん。」 「課長に聞きましたが、ギリシャから来るという黄金聖闘士はまだお着きになりませんか。」 「先程到着しました。これからはこういった事が度々あると思いますので、さんには紹介しておいた方が良いと思います。こちらへ。」 会長室に隣接しているドアへ歩いていくと、ドアを開けて沙織に先に入ってもらった。 中には二人の外国人男性が居る。しかもその1人には見覚えがあった。 私が軽い驚きを表わしていると、その男性も驚いていた。 「君は・・・」 「ミロ、さんとは面識があるのですか?」 「面識というほどではないのですが、今朝、彼女の落とした物を拾ったのです。」 「では、アテナの小宇宙を感じたという女性はこの方なのだな。」 アイオリアの言葉に、沙織は嬉しそうに言った。 「さんとは長いお付き合いですものね。自然と私の小宇宙がさんに纏っているのでしょう。」 「そうですか。」 納得いったミロとアイオリアはを見るが、その当人は今一つ話しに乗りきれていない。 コ・ス・モ?? 「さん、ご紹介します。落し物を拾って下さったのがミロで、こちらがアイオリアです。」 「今朝は有難うございます、ミロ。です。」 「よろしく、。」 「アイオリア、初めまして。です。アイオリアの事は星矢から時々聞いてましたので、初めてじゃないような気がしますが、お話通りの方の様ですね。」 「えっ、星矢から?」 自分はどのように話されていたのか、アイオリアは微妙にうろたえた。 そんな微妙なうろたえが、にはっきりと伝わってしまい、は更に言葉を続けた。 「本当にお話の通り。強くて、真面目で、聖闘士の鑑だって言ってましたよ。」 「あ、そうか・・。いや、はは、これからよろしく、。」 またもやはっきりと、今度は安堵したことが分かり、はアイオリアに分からないよう心の中で苦笑した。 ミロにもアイオリアの動向が手に取るように分かり、これまた心の中で嘆息した。 (正直すぎるぞ、アイオリア。) ここでそれぞれの紹介が終わり、私は仕事に戻った。 仕事に戻ったものの、私の心臓はどきどきしていた。 その理由は勿論、ミロに再び会えた事だ。 これって凄い偶然よね。 今朝会ったばかりの、全然知らない人なのに気なって仕方がない。 もっとあの人の事が知りたい。 恋人。そこまでいかなくても、仲良くなりたい。 私の心が、急速にミロに傾いていく。 ミロとアイオリアは先程と同じ部屋で、沙織のスケジュールを確認していた。 「この日は人の多い所に出るからな、周りに気をつけないとな。なあ、ミロ。」 「・・・。」 「おい、聞いてるのか。」 「ああ、聞いてる。」 とても聞いている様ではなかったが。 そう言いたいが、人が良いアイオリアは何も言わず、再び資料の読み込みに没頭し始めた。 今朝会った彼女に再び会えるとは。しかもアテナのご友人の様だ。 が近くに感じられ何故だか嬉しかった。 を思い浮かべると自然と笑みがこぼれる。 あの時会ったのはただの偶然か、それとも・・・。 そこまで考えたミロは自嘲気味に小さく笑う。 平和になったな、と。 会って間もないというのに、この気持ちの高まりは何なのだろう。 俺はという女性の事が気になっていた。 あと少しでバレンタインか。そろそろチョコレート買わないと。 仕事の帰り、本社の入り口まで差し掛かり考え込む。 また手作りにしようかな。 「。」 聞き覚えのある声に、どきりとする。 「・・ミロ。」 「今帰りか。お疲れだな。」 「ううん。ミロこそお疲れ様。アイオリアは?」 「アテナをお送りしている。」 「ミロは何してるの?」 「君を待っていた。」 「えっ。ど、どうしてっ。」 僅かに声が震えた。ミロは気付いただろうか。 「アテナに君を家まで送るよう、言われたのだ。こんな時間の女性の一人歩きは危ないだろ。」 「こんな時間って、まだ9時前だよ。それにいつもの事だもの。沙織ってば。」 「いいんだ。俺も女性を送れて嫌じゃない。」 そんな恥ずかしい事、堂々と言えるのね。ミロって。 言われ慣れていない事を言われ、僅かには赤くなった。 「そ、そうなの? じゃあお願いします。あ、でもこれから寄りたい所があるの。それでもいい?」 「構わんぞ。それでは益々遅くなるな。待ってて正解だった。」 さあ、行こう、とミロに促され歩き出した。 近くのデパートの食品売り場へ移動すると、迷わずバレンタインコーナーへ歩いて行く。 「チョコを買うのか?」 ミロは山に積まれたチョコレートを見ながら聞いてきた。 「そう。もうすぐバレンタインだからね。今年も手作りにしようと思って。」 ブロックチョコを買い物籠に次々と放り込んでいく様子に、 「かなりの量だが、そんなに沢山作るのか?」 「だって、十一人分よ。この位なくちゃ足りないわ。」 「十一人っ!」 それはなんでも多すぎだろう! 「つまり、は十一人の好きな人がいるということか!?」 「えっ」 真剣な眼差しに鼓動が跳ねたが、ミロが勘違いをしている事はすぐに分かった。 「ち、違う違う。あげるのは星矢、瞬、紫龍、氷河、一輝、邪武、市、檄、那智、蛮。知ってるよね? あとは沙織。で、十一人。」 挙げられた名前は全員知っている。しかも恋愛対象とは言い難い羅列にミロは冷静さを取り戻した。 「日本のバレンタインは女性が好きな人に愛の告白をする日と聞いていたが。」 「ん〜、それがメインな気もするけど、やっぱり人それぞれで、父親や兄弟にあげる人もいるし。"いつもお世話になってます。これからもよろしく"的なニュアンスで渡す義理チョコもあるからね。」 会計を済ませ、駅に向いながら日本のバレンタインについて簡単に説明する。 「義理チョコに対して、本命チョコと言うのだろう。」 「それは知ってるんだ、その通り。でもミロが日本にいたらすっごい沢山のチョコ貰いそうだよね。それだけ格好良かったら。」 そこまで言って、自分の言った言葉に驚いた。 ミロも積極的に話しかけてくるので、最初感じた緊張はもう無く、そのせいでつい口にしてしまった。 格好良い、なんて、好きとは伝わらなくても好意を持ってます、とは伝わってしまうかも。 そう考えると自分の失言に顔が段々熱くなってくる。 恐る恐るミロの方を見ると、ミロもこちらを見ていて視線がかち合った。 強く感じる視線に耐えられず、ミロから目を離すと、突然腕を引かれた。予想していなかった事に踏ん張る事も出来ず、そのままミロに建物の隙間に引かれて行った。 「ミロっ! なななっ何突然!!」 「大きな声は出さないでくれよ。何もしない。」 何ってなにっ!! さらっと言いのけるミロに叫びたい気分だ。 「。」 「なんでしょう。」 「俺の事を格好良いと言ってくれたな。つまりそういう事と思っていいのだな。」 自信たっぷりに言ったミロは、それはもう魅力的だった。 でも、ミロの言ってる事が当たっているだけに、そんな自信たっぷりに言われるとなんだか癪で、逆に素直に頷けないじゃない! 「自惚れないでよね。格好良いって言ったのはあくまでも世間一般でのこと!別に私は・・。」 必死になって言う私の事が可笑しいのかミロは、ククッと笑う。 「そんなに顔を真っ赤にして言っても説得力がないぞ。」 悔しいけど、全部読まれてしまうみたい。 「意地悪ね!そこまで分かってるんならもうからかわないでよっ。」 ついにの方が降参した。 ミロと目を合わせないようにフイッと向くと、恥ずかしそうに話し始めた。 「本社ビルでまた会えた時、すごく嬉しかったの。それも沙織の護衛で来てるんだもの。全く接点が無いとは思えなくて、仲良くなれたらいいなとは思ったわよ。」 ミロがの手を取った。 恥ずかしくて伏せていた顔をあげてミロを見ると、嬉しそうに笑っていた。 のどきどきが一層速くなってきた。 「良かった。俺も同じ事を考えていた。」 「っ!」 の瞳が大きく開かれ、信じられないというようにミロを見つめる。 「・・・本当?」 「本当だ。ほんの数回しか言葉を交わしていないのに自分でも不思議だと思うのだが、惹かれるのに時間は関係ないという事か。」 ミロの言葉に嬉しくて涙腺が緩んできた。視界がだんだんぼやけてくる。 「俺たちは今日出会ったばかりだから、これからゆっくりお互いを知っていこう。」 「うんっ。うんっ。」 涙を我慢できなくなり手の甲で拭っていると、ミロが優しく指で涙を拭ってくれた。 「行こうか。あまり遅くなるとアテナにお叱りを受けてしまう。」 建物の隙間から出てくると、さっきより人通りが少なくなっている。 「でもね、ミロ。そこに引っ張られた時、すごいびっくりしたよ。何するのって思ったもの。」 はは、と冗談めかしに言う。 するとミロはニヤっと何かを思いついたように笑うと、すぐに真顔になり、 「なんなら、何かしようか。」 「は?」 突然腰を引き寄せられ、ミロの顔が間近に迫った。 「っミ、ミロ!」 「キスしよう。」 慌てる私とは正反対に、ミロは真顔のままだ。 「ちょっと、さっきゆっくり知っていこうって言ったばかりでしょうっ。」 ふっと笑うと、ミロは体を離してくれた。 「冗談だ。怒らないでくれ。」 可笑しそうに言うミロに、顔を赤くしながら、もうっ、と呟く。でも、おかげで涙を止める事が出来た。 はっと、は慌てて周りを見渡す。人通りが途切れたようで、今のやり取りは誰かに見られることはなかったようだ。 「ミロは甘いものは好き?」 「まあ、嫌いではないが甘すぎるのは苦手だな。なんだ、チョコレートをくれるのか?」 「うん、出来ればミロにあげたい。」 「喜んで受け取ろう。」 迷いのないミロの言葉には幸せそうに微笑んだ。 それを見ているミロも幸せになるくらいの笑顔だった。 これからもから幸せをたくさん貰うだろう。 俺もそれに負けないくらいに、に幸せを送ろう。 |
本当はこの話、バレンタインネタではなかったんですが、話を思いついたのが11日で書き進めていく内に、「もうすぐバレンタインだ」、と気付いたので、バレンタイン夢にしようと思い立ったんです。 ミロって好きな人には静かに、でも惜しみない愛情を注いでくれそうなイメージがあります。人前ではベタベタしないで、きっと街中でも手は繋がないだろうなと思いますね。ミロ〜、大好きだよ〜。 ブラウザバックで戻って下さい。 |