□銀時計++The encounter with M++□




今日は風が涼しい。寒いくらいかも。

時計を見ると20時を過ぎていた。

「早く帰ってお風呂入りたい。」

がそう思ったその時。

「痛っ!」

頭に何かが落ちてきた。

もう!何よ!

拾うと、それは銀の懐中時計だった。



・・・綺麗。



細かな細工を施してあり、手の中に確かな重みがある。決して安物か何かではない。

懐中時計が落ちてきた上を見上げるが、暗闇に立ち並ぶビルしか見えない。

どうやら左のこのビルから落とされたものらしいが。

どうしようかと悩むが、ここはやはり警察に届けようかと思った。

は近くの交番に向かう途中、ずっと時計を眺めていた。



本当に綺麗。
一体どんな人が持っているのだろう。



持ち主の事を考えていたらすぐ後ろから声を掛けられた。

「すまない、そこの人。」

(ん?私の事?)

後ろを振り返ると背の高い金髪の男の人が立っていた。

(・・・外国人?!)

流暢な日本語だったので気付かなかったが、の前に立っている男は間違いなく外国人だった。

「あ、え、い、え・・・っと。」

どう言っていいのか分からず、意味のない言葉しか出てこないのが悲しい。

その様子で女が何に戸惑っているのかすぐに分かった男はゆっくりと、女が聞き取れえるように話し出した。

「心配ない。俺は日本語は分かる。」

自分の心の中を見透かされたようで、少しの頬が赤くなっていく。

「す、すみません。あの、それで何か。」

「君の持っているその時計。」

「え、これですか?」

「そうだ。その時計、俺が落とした物だ。」

はびっくりした顔になった。

突然声をかけられて、がさっき拾ったこの時計の持ち主と名乗った。

にわかには信じられない。

の男を見る目は疑惑に変わっていった。

どうにも胡散臭い。

周りにある街灯の光で男の顔を幾重にも影が重なりあってよく顔が見えないが、この銀時計を持っていて相応しい男とは思えなかった。

「この時計が貴方の物だと分かるものはありますか。」

今度は男が驚く番だった。

すんなり時計が戻ると思っていたが、それを拾った女の自分を見る目には何処か棘が感じられる。

面倒な事になりそうだ。

男は心の中で重い溜め息を吐いた。

「そんなものは無いが、俺が窓から落としたその時計を君が拾ったのを見た。これでは駄目か?」

「確かにこの時計は上から落ちてきたけど、私は貴方が落とした所を見ていないから分からないわ。」

男は呆れたように破顔した。

「あのな。じゃあ、どう言えば君は納得するんだ。」

「とりあえず、一度交番に届けるから。本当の持ち主がいるかもしれないのに此処では渡せない。」

交番という単語に男が反応した。

「ちょっと待て。警察とはあまり関りたくないっ。」

その男の言葉にも反応した。

(やっぱり怪しい!!)

「じゃあ、私はこれで。後は交番で交渉して下さいね。」

これ以上関りたくない気持ちで一杯のはさっさとその場を去ろうと体を後ろにずらしながらサヨナラの言葉を送った。

「待てっ!」

男がの腕を掴んだため、はぎょっとした。

「大声出すわよ!警察と関りたくないんなら、目立つ事はまずいんじゃないの!」

男は、うっ、という表情になり、の腕を離した。

(この人本当に警察が駄目なんだ。いつまでも関ってたら私が危ない!)

男の手が離れた隙に傍を離れると、丁度近くに停まっていたタクシーにさっさと乗り込んでしまった。

「運転手さんっ、早く出て!」

女はあっという間に男の手の中からすり抜けて行ってしまった。

男にとって、らしくない失敗であった。しかし、男の表情に焦りは見られず、静かに走り去って行ったタクシーを見送っていた。




タクシーで一直線にアパートに帰って来て、そこで懐中時計を交番に届けていない事に気が付いた。

「しまった。」

あの怪しい外国人から逃げるのに頭が一杯ですっかりこの懐中時計の事を失念していた。

「しょうがない、明日届けるか。」

さあお風呂、お風呂。



・・・ピンポーン

ぎくっ!!

自分の意思とは関係なく、体が強張った。

(まさか・・ね。)

こういう時の勘とは不思議なものでかなりの確立で当たるものだ。今、の頭の中には、さっきの外国人男が浮かんでいる。

忍び足で玄関に近づきながら、開けようか開けまいか迷っている。

(さっきの人とは限らないし、でもこの時間に訪ねてくる人って滅多にいないよね。)



ガチャ

「っ?!」

突然の事で言葉が出なかった。

鍵が掛かっていたはずなのに、音も無くドアが開けられた。

そして予想通り、ドアの向こうには怪しい金髪外国人男が無表情で立っていたのだ。



男は自分の突然の出現に、女が驚く事は当然予想していた。

いきなり叫ばれる事も考えていたのだが、意外にも目の前の女はじっと俺を見たまま、ただただ、"驚いてます"という表情をしていた。

「声は出さないでくれよ。君に危害を加える目的で来たんじゃない。」

そう言いながらドアを閉めた。

いきなり密室状態となってしまった部屋に男と二人きりになったこの状態に、は軽く眩暈がしてきた。

(この状態は非常にやばいのでは・・・。)

今まで無表情だった男はにやっと笑ったかと思うとこんな事を言いだした。

「とりあえず、上がらせて貰うぞ。」

「はっ?」

ご丁寧に靴を脱ぎ始めた金髪男に目が点になった。

「ちょ、ちょっと!!」

上がろうとする男を止めようとしたが、そんな私を男は笑顔でかわすとさっさと上がってしまった。

「ついでにお茶なんかも出してくれると有り難い。」

「はぁっ。」

(何言ってんのこの人!)

私は完全に呆れ顔になった。

私の呆れた顔に男はさっきとは違う、面白そうに笑うと私の許しもなくソファに座ってしまった。

「君は俺の事を警戒しているだろう。その警戒心をといてもらうため一緒にお茶を飲もうという訳だ。」


の感覚とはズレた考えに、開いた口が塞がらないとはこういう事だろうか。

(でもまあ、実力行使で来られるよりましか。)

いきなり暴力を振るいそうにない男に、諦めてお湯を沸かし始めたの中で、"怪しい男"とは別に"図々しい男"が付け加えられた。

「そうだ。コーヒーはあるか。」

ガタッ

これは湯飲みを置いた音。

「生憎切らしていてありません。」

これは本当。

「そうなのか。ならストレートティーでいいぞ。」

思わずキッと男を睨んでしまった。

「紅茶って嫌いだから置いてません。」

これも本当。

「本当か?女性で紅茶が嫌いなんて珍しいな。」

それには反応せず日本茶を男の前に置いた。

「日本茶か。」


湯飲みを手に持ち香りを楽しんでいる風の男を横目で見ていると、はその男から何時しか目が離せないでいた。

外では分からなかった男の顔が部屋の明かりで鮮明にの目に映し出された。

「初めて飲んだがなかなか美味いな。」

「そ、そうね・・・。」


少しの間だけでもこんな怪しくて図々しい男に目を奪われていたと思うと、何だか悔しい。

(お茶の湯気越しに見たからピントが歪んで見えたのよ。きっとそう!)


「で、本題なんだが。」

男はテーブルにお茶を置くと真っ直ぐにを見た。

「時計を返してくれないか。」

その真っ直ぐな視線に、今まで抱いていた"怪しい""図々しい"という形容は何処かにいってしまった。
それほど、この男の目は真剣に見えた。

「そこまでいうんだから、この時計は貴方のなんでしょう。はい、返すね。」

ジャケットのポケットに仕舞っていた銀の懐中時計を男に手渡した。

男は安堵したように目を細めてその時計を見つめていたため、どういう時計なのか聞いてみたくなった。

「そんなに大事な時計なの?」

「ん?ああ、そうだ。これ以上ないくらいの大事な時計だ。」

「どうしてそんなに大事なの?すっごい高いとか?」

「そうだな、安くはないと思うが、金の問題ではない。」

「ふーん。」

(お金じゃないとすると、大事な人の形見とか?)

が興味有り気に時計を見ているのに男は気が付いた。

「この時計が気になるのか?」

「うん、すごく。」

「そうか。」

と男の視線が時計に注がれると、男は一語一語を噛み締めるように話し始めた。

「これは今日、誕生日プレゼントとして頂いた時計だ。」

("頂いた"?)

「って事は、今日は貴方の誕生日なの?」

「そうなるな。」

「聞いてもいい?」

「何だ。」

「プレゼントをくれた人は偉い人なの?」

「どうしてそう思うんだ。」

の質問が面白かったのか、男は笑っている。

「だって、自分の事を下手に言ってるから。」

「そうだな、俺がこの世で唯一敬愛している方だ。」

は目を見張った。

男の言い方がどこか遠い世界の事のように思われたから。

「ねえ、日本には旅行か何かで来てるの?」

「いや、違うぞ。」

「じゃあ仕事?」

「まあ、そんなものだ。」

「ふうん。どんな仕事?」

「さっきから質問責めだな。」

にやりと笑われた。

「え?」

「最初は俺の事を怪しいとばかりに睨んでいたではないか。」

ぐっと男の顔が近づいてきた。

「ええぇっと・・・。」


そ、それはそうだけど。

そんなに顔を近づけないで!


真っ赤になりそうな顔を何とか普通に保とうと上体を後ろに反らす。

「お、お茶を飲んだせいよ。それで落ち着いたの。」


確かにお茶で落ち着いたわよ!
そうしたらすっごいカッコ良い事に気が付いたわよ!


「最初に感じた怪しさは気のせいかもって思えてきたの。」

少し赤い顔を手でパタパタ扇ぎながら苦し紛れに言い訳をした。

「で、どんな仕事なの?」

「なんだ。質問はまだ続くのか。」

口ではそんな事を言っているが、男は笑っている。

「私としては不本意だったけど、あなたは女の家に半ば強引に上がったのよ。正体不明なんて気持ち悪い。」

「なるほど。確かにそうかもな。では、君に迷惑が掛からない程度になら教えられる。」

「迷惑って、危険な仕事してる?」

「ああ。ある要人の身辺警護をしている。」

「・・・・・ボディーガード?」

要人警護と聞いて、は銀の懐中時計が落ちてきたと予想したビルが浮かんだ。

そのビルは実はの勤めるオフィスビルでもあった。

そのビルの窓から男は時計を落とした。

ではそのビルに男が警護する要人がいるのだろうか。



いるとしたら、には一人だけ思いつく人物がいた。

「ねえ、要人って誰?」

「それは教えられない。」

「でもさ、誰かは何となく分かっちゃったよ。グラード財団だよね?」

すると、男の顔が笑顔から真剣なものになった。

鋭さを感じさせるその顔に、は一瞬ビクっと怯んだ。


男は私を見ながら静かに告げた

「グラード財団総帥、城戸沙織嬢だ。」

私は信じられないという顔になった。

だって、私の仕事はその城戸総帥の秘書。



「何故分かった?」

「私、総帥秘書をしているの。」



無言だった。

しばらく無言状態が続いたが男が先に口を開いた。

「本当か?」

「本当に本当。城戸総帥の秘書です。まだなりたてだけど。」

じっとを見ている。嘘か本当かを見定めるように。

その視線を受け止めたはあまりの真剣な眼差しに逸らすことができず、見入ってしまった。ここで男から目を逸らしたら信じてもらえない気がする。

「秘書という事は本社勤務だろ?明日も来るか?」

「も、勿論・・・。」

「よし、ではこうしよう。」

男は時計をの前に置いた。

「これは明日返してくれればいい。」

「え、どういう事?」

あんなにこの時計を取り戻すのに必死になっていたのに。

「俺も明日、総帥の警護のために本社に行くからその時に返してくれ。それなら俺が総帥のボディーガードだという事も、君が総帥秘書という事も本当だと分かるだろう。」

「そんな事言って、私が嘘付いてたらどうするのよ。せっかく時計が戻ってきたのに。」

「その時は有無を言わさず君から奪うまでだ。こうして君の家を知っているからな。」

「成る程ね。」

(今の口振りだと、ちょっと本気になれば私から取り返すなんて簡単って感じだけど・・。確かにボディーガードなんてやってるんだから腕には自信があるはずだよね。)

「それが出来るんなら、最初からそうすれば良かったのに。こんな回りくどい事しないで。」

「なんだ・・。」

突然妖しく笑ったかと思うと、今度は私の手を取った。

「はぇ?」

(な、何??)

「乱暴にされるのがお好みか?」

表情も声色も180度変わった男の行動には声を出せずにいた。

そのまま、男に引き寄せられるままでいると、空いているもう片方のの手に湯飲みが当たった。

それを咄嗟に掴むと男に入っているお茶をかけてやろうと思った。

「ちょっと、何するの!!」

気合と一緒にが男に向かって湯飲みを振り回そうとしたが、その前に男の手によってそれは封じられた。

「冗談、冗談だ。頼むからそれはかけないでくれ。」

そっとの両手を離すと苦笑気味に笑っている。

「もうっ。」

は解放されてほっとした反面、あのままだったらどうなっていたかを考えると自然と顔が赤くなってきた。

「じゃあ、邪魔したな。」

「う、うん。」

「明日まで失くすなよ。」

そう言って、男は振り返らずドアを閉めて行った。



あっさり行ってしまった男の姿が消えると、何とも言えない静寂が訪れる。

(何か、不思議な人だったな。)

外国人だから感じるフィーリングの違いなんだろうか。

男の言葉や雰囲気を思い返して首を傾げていると、あっ、とある事に気付いた。

「あれだけ話したのに、名前聞いてないや。」

それに自分の名前も言っていない。

「疲れた。お風呂入ろ。」

男から預かっている時計を見ると23時を大分過ぎていた。








いつも通りの時間に出社して来たは少し緊張していた。

またあの人と会えると思うと落ち着かない。

さん、応接室に来てって。」

ロッカーに荷物を置いて自分の机につくとこう言われた。

すぐあの人の事が浮かんで胸がどきどき騒がしくなってきた。

「はい、今行きます。」

緊張気味に応接室の前までくると、時計を忘れていないか確かめ、静かにノックをする。

「どうぞ。お入り下さい。」

総帥の声だった。

「失礼します。」

中に入ると思った通り、昨日のあの人が城戸総帥の横に立っていた。

の姿を確認すると、城戸沙織はふわっと微笑んだ。

「朝からお呼び立てしてしまってごめんなさい。さん。」

後ろに控えている男を横目で見ながら、
「昨夜の事、全て聞きました。随分と迷惑を掛けてしまったようで私からもお詫び申し上げます。」


私は慌てた。財団トップの総帥からまさか謝罪されるとは思わず、意味なく両手を顔の前で何度も交差させてしまった。

「い、いえ!迷惑だなんてそんな事ありません!」

そんなの様子に、沙織は微笑んだまま見ていた。

「では、ミロがさんにお話があるそうなので、私はこれで失礼させてもらいますね。ミロ、後ほど。」

ミロと呼ばれた男は深く一礼し、私も総帥の後ろ姿を一礼して見送った。

総帥がいなくなると、ミロと私の二人になった。

「本当に総帥のボディーガードやってるんだ。」

「君も本当にここで働いているのか。」

私は銀の時計をミロに差し出した。

今度こそミロはその時計を受け取る。

「城戸総帥からのプレゼントなんだから、また落とさないでよ。」

「まったくその通りだ。」

窓から差し込む柔らかい朝の光を受けているミロは昨日の印象とは全然違う、眩しいくらいだった。

できるなら、昨夜ではなく、朝日を浴びている今のミロに会いたかったと思う だった。

(そうすれば最初の印象も違っていたのに。)

目の前のミロを見ながら、こっそりそんな事を考えていた。

「まだ名乗っていなかったな。俺はミロという。」

「私は。」

「昨日はすまなかった。時計を早く取り戻したかったからいきなり部屋に上がって 驚いただろう?」

「まあ、本音を言えばかなり警戒してたよ。」

「俺に対してあまり良くない印象を与えてしまったようで気になっていたんだ。俺とまったく関りが無かったら昨夜分かれたままでも良かったんだが、君が総帥秘書となるとそうもいかないからな。」

確かに、ミロを"妖しい""図々しい"と思っていた事に、は笑いを堪える事が出来ず 苦笑した。

「これから総帥の護衛として度々日本に来る事があると思うが、よろしく頼む。」

そう言って、ミロは右手を差し出す。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

少し冷んやりとするミロの広い手に安堵感を感じ、私はしっかり握り返した。



もう一つ。

「一日遅れたけど。誕生日おめでとう、ミロ。」

ミロは笑顔で返してくれた。




END


瑞さま、蠍誕開催おめでとうございます!
参加出来て大変嬉しいです!これから一ヵ月ミロにまみれると思うと自然と顔が緩んできます(笑)
主催頑張ってください!

04/10/20 由宇


後書き  11/21

ミロ月間が始まり、最初の投稿夢でした。話の発端は、「ミロが突然部屋に来た」。これだけです。ここから誕生日に無理矢理(笑)絡めたらあっちこっちの辻褄合わせのため思ったより長くなってしまってアップアップだった私・・・。でも、書いてる本人が言うのもなんですが、結構この話気に入ってます(^^)。いえ、それだけ苦しんだんですけどね。ヒロインが紅茶嫌いって言ってますがそれは私が嫌いだから。昔から紅茶はどうしても飲めません。

←蠍誕は終了しましたが、削除せずしばらくそのままに置いておくそうなのでリンクは貼っておきます。